「身分証提示」が常態化するインターネットへ:ポルノサイトからソーシャルメディアへ広がる年齢認証の波

はじめに:インターネットの「身分証提示」時代

インターネットは今、新たな時代を迎えようとしています。かつては冗談とされた「ポルノパス」のような年齢認証システムが、ポルノサイトだけでなくソーシャルメディアにも拡大し、オンラインでの身分証明が常態化しつつあります。本記事では、この動きの背景、現状、そしてセキュリティとプライバシーへの影響について解説します。

始まり:英国の「ポルノパス」構想とその挫折

2018年、英国政府はアダルトサイトへのアクセスに厳格な年齢認証を義務付ける計画を打ち出し、「ポルノパス」というアイデアを提示しました。これは、実店舗で身分証明書を提示して購入する物理的なカードで、オンラインでの匿名性を保ちつつ年齢確認を行うというものでした。しかし、プライバシー侵害のリスクや実現の難しさから、この計画は2019年に撤回され、多くの人々は年齢認証の試みがこれで終わったと考えました。

2019年から2025年の変化:年齢認証推進の背景

しかし、年齢認証を巡る戦いは終わっていませんでした。2019年から2025年の間に、インターネットは私たちの生活にさらに深く浸透し、その負の側面に対する不満が高まりました。かつてはプライバシーや言論の自由への脅威として批判されていた年齢認証法案は、今や政治的スペクトラムを超えて支持を集めるようになっています。英国のオンライン安全法(OSA)はソーシャルメディアにも年齢認証を義務付け、EUやオーストラリアでも同様の措置が議論・試験運用されています。米国最高裁判所もアダルトコンテンツの年齢認証を容認し、ソーシャルメディアへの適用も一時的に許可する判決を下しました。

現状:英国と米国における年齢認証の課題とリスク

年齢認証の導入は、多くの批判者が警告していた問題点を浮き彫りにしています。英国のOSA導入では、以下のような課題が顕在化しました。

  • セキュリティリスクの増大:多数のサービスにIDや顔スキャンを提出する必要があり、データ漏洩が発生した場合の個人情報流出リスクが高まります。
  • 容易な回避方法:ビデオゲームのフォトモードなど、簡単に年齢認証を迂回できる方法が発見されています。
  • VPN利用の増加と規制の懸念:年齢認証を避けるためにVPNの利用が増加し、VPNの禁止に関する議論も浮上しています。
  • コンテンツのブロックと小規模サービスへの負担:多くの人々が未成年者にも適切だと考えるコンテンツがブロックされ、小規模なサイトやサービスが規制遵守の負担に耐えきれず、国から撤退する事態も発生しています。

米国でも、ミシシッピ州のソーシャルメディア年齢認証法が施行された後、ソーシャルネットワークのBlueskyが同州からのユーザーをブロックするなど、同様のリスクが示されています。さらに、Discordの顧客サービスプロバイダーへのサイバー攻撃で7万人の政府発行IDが流出した事件や、出会い系アプリTeaのハッキング事件は、個人情報が漏洩した場合の危険性を明確に示しています。

今後の展開:広がる年齢認証とプライバシーへの懸念

英国のOSAは政治的な論争の的となっていますが、政府は撤回する意向がないことを表明しています。EUやオーストラリアも年齢認証の導入を進めており、米国ではポルノサイトでの年齢認証は定着しつつあるものの、ソーシャルメディアへの全面的な適用はまだ不確実な状況です。Meta、Google、Appleといった大手企業は、年齢認証の責任をアプリストア運営者に負わせるか、個々のサービスに負わせるかでロビー活動を展開しています。

RobloxやYouTubeのようなプラットフォームは、アカウント作成日や利用パターンを分析することで年齢認証を強化していますが、誤って年齢を判断された場合、結局は写真付きIDのアップロードを求められることになります。韓国や中国は以前からオンラインでの実名登録や子供のインターネット利用規制を導入してきましたが、これらはプライバシーや言論の自由に関する問題を引き起こしています。

代替案と真の課題

年齢認証以外にも、子供の安全を守るための代替案は存在します。例えば、オンラインでの児童搾取を調査する機関への資金提供の強化、侵襲的な広告やずさんなプライバシー基準といった特定の有害行為をターゲットにした法律の制定などが挙げられます。EUや英国には包括的なデジタルプライバシーフレームワークがありますが、米国にはそれが欠如しており、オンライン匿名性の制限はさらなる問題を引き起こす可能性があります。

子供の保護という名目のもと、オンラインでの「身分証提示」が常態化するインターネットは、プライバシー侵害や言論の自由の制限といった深刻なセキュリティリスクをはらんでいます。真に安全なオンライン環境を構築するためには、年齢認証だけに頼るのではなく、より包括的でバランスの取れたアプローチが求められます。


元記事: https://www.theverge.com/column/798159/age-gating-internet