はじめに:EV市場の逆風とGMの挑戦
デトロイト郊外にあるGMのバッテリーラボでは、科学者やエンジニアがリチウムイオン電池のストレスを分析しています。砂漠の熱、北極の寒さ、ジャングルの湿度など、あらゆる過酷な条件下で充電と放電を繰り返し、6ヶ月で10年25万マイルに相当する実世界でのバッテリー使用状況をシミュレートしています。
しかし、EV業界は現在、逆風に直面しています。高止まりする価格、時代錯誤な環境規制の緩和、そしてトランプ政権による7,500ドルの連邦クリーンカー税額控除の廃止は、GMに第3四半期決算で16億ドルの減損をもたらしました。これらの要因は、GMを含む自動車メーカーがEV生産を縮小せざるを得ない状況を作り出しています。
GMの切り札:革新的なLMRバッテリー
このような厳しい状況にもかかわらず、GMはEV攻勢を続ける計画です。その中心となるのが、リチウム・マンガン・リッチ(LMR)バッテリーです。GMは、このLMRバッテリーが中国の主要な低コストソリューションであるリン酸鉄リチウム(LFP)バッテリーを決定的に凌駕すると主張しています。
- LMRバッテリーは、LFPバッテリーと比較して航続距離を3分の1以上延長できます。これにより、300マイルのEVが400マイル以上走行可能になります。
- コストはLFPとほぼ同等でありながら、今日の高ニッケルセルと比較してバッテリーパックあたり少なくとも6,000ドルのコスト削減が見込まれます。
- 2028年には、大型SUVやピックアップトラックでEPA評価400マイル以上の航続距離を実現する予定です。
元テスラのバッテリーセル開発責任者であり、現在はGMのバッテリー・推進・持続可能性担当副社長を務めるカート・ケルティ氏は、「これはゲームチェンジャーだ」とLMRバッテリーへの自信を表明しています。彼は、LMRが「高エネルギー密度と長寿命、低コストを両立させた、非常にバランスの取れた化学組成」であると強調しています。
サプライチェーンの安全性と知的財産権
LMRバッテリーは、中国に対する別の側面での優位性ももたらします。それは、米国を拠点とするサプライチェーンへの依存度を高めることです。ケルティ氏は、中国がLFP技術において支配的な地位を築いた背景には、テキサス大学で開発された知的財産権の侵害があったと指摘しています。長年、中国企業は特許を侵害しながら国内市場で販売し、特許が失効した今、LFPバッテリーを世界中に輸出しています。
GMは、LMRを使用することで、中国のLFP性能を上回りながら、同等のコストを実現できると見ています。これは、米国の技術的優位性とサプライチェーンの安全保障を確保する上で重要な戦略となります。
LMR技術の詳細と生産体制
LMR技術は10年ほど前から存在していましたが、電圧の経時劣化という課題がありました。GMは5年間の開発期間を経て、この耐久性の問題を解決し、コインサイズのセルから車両に搭載される大型のプリズム型セルへとスケールアップに成功しました。
現在のNCM(ニッケル・コバルト・マンガン)バッテリーは、カソードに最大85%のニッケル、10%のマンガン、5%のコバルトを含みます。一方、LMRバッテリーは、カソードに最大70%のマンガン、約30%のニッケル、2%以下のコバルトを使用します。GMの先進バッテリーセルエンジニアリング担当ディレクターであるクシャル・ナラヤナスワミー氏は、「マンガンは非常に安価であり、原材料レベルでその恩恵が得られる」と述べています。
GMは、中国のBYDのような垂直統合戦略を採用し、バッテリー開発を内製化しています。ウォレス・バッテリーセル・イノベーション・センターでは、独自の化学組成を開発・テストし、1日最大100個のセルを生産、26種類のLMRセルバリアントを生み出しています。隣接するアンカー・ジョンソン・バッテリーセル開発センターでは、パイロット組立ラインが建設されており、ラボから工場生産への橋渡しを担います。これにより、GMは新バッテリーの開発期間を最大1年短縮し、テスト時間を60%削減することに成功しています。
補助金なき時代のEV戦略と未来
連邦政府の補助金が廃止された今、GMはEV販売の停滞を防ぐため、当面は補助金付きリース契約を通じて7,500ドルの負担を自ら負っています。これはGMの収益にさらなる打撃を与えますが、コスト削減を加速させる必要性を浮き彫りにしています。
ケルティ氏は、「補助金が後で廃止されることを望んだが、コスト削減という正しい方向へ進むことを強制された」と語り、「自力で立ち上がらなければならない」と強調しています。GMの目標は、EVの車両価格をガソリン車と同等にすることです。それが実現すれば、「ほとんどの用途でICE車は終わりだ。なぜなら、EVを運転する方が良い体験だからだ」とケルティ氏は未来を展望しています。
元記事: https://www.theverge.com/transportation/801780/gm-ev-battery-lab-lmr-range-cost