オンラインで横行する未承認減量薬「GLP-3」:デジタル時代に再燃する健康のワイルドウエスト

「GLP-3」の台頭とグレーマーケットの現実

近年、肥満治療薬OzempicやWegovyが話題となる中、ソーシャルメディアのアルゴリズムは新たな「減量薬」の情報を流布しています。それが「GLP-3」と称される実験段階の薬剤、retatrutide(レタトルチド)です。インフルエンサーたちは、「教育目的」と銘打ちながら、この未承認薬の「効果」を熱心に語り、時には特定の業者への割引コード付きリンクまで提供しています。

The Vergeの調査によれば、オンラインのグレーマーケットでは、わずか数分の検索とクリックで、10mgの「peptide-R」(レタトルチドの別称)を117ドルで購入できることが明らかになりました。チェックアウト時に研究者であることの証明は不要であり、手軽に入手できる現状が浮き彫りになっています。

FDA未承認のリスクと専門家の警鐘

しかし、この「GLP-3」は現在、イーライリリー社が主導する第3相臨床試験の最中であり、米国食品医薬品局(FDA)の承認は得られていません。FDAはすでに、この未承認薬を販売する複数の企業に警告を発しています。専門家は、未承認の段階で出回っているレタトルチドが、未知の副作用や品質管理の欠如といった深刻なリスクをはらんでいると警鐘を鳴らしています。

NYU Langoneのマイケル・ウェイントラウブ博士は、「これはまだ完全に研究されていない薬であり、同様の作用機序を持つ薬も存在しないため、私たちがまだ知らない多くの望ましくない副作用や有害事象があるかもしれません。」と述べ、安全性確認のプロセスを軽視すべきではないと強調しています。

「調剤薬局」の盲点と健康被害の報告

オンラインで未承認薬が流通する背景には、「調剤薬局」の存在があります。本来、調剤薬局は市販品では対応できない患者のニーズ(アレルギー対応、特定用量)に応えるために医薬品をカスタム製造します。しかし、GLP-1薬の供給不足を機に、多くの調剤薬局がFDA承認薬のコピー品を提供し始めました。

FDAはGLP-1薬の供給不足が解消された現在、これらの薬の調剤製造を禁じており、レタトルチドに至っては連邦法に基づき調剤利用も認められていません。調剤薬局で製造される薬にはFDAの監視や品質管理が及ばないため、不適切な保存、誤った用量、未試験の成分配合などによる健康被害の報告が多数上がっています。実際、FDAは2025年7月までに、調剤セマグルチド関連で605件、調剤チルゼパチド関連で545件の有害事象報告を受けています。

「SAFE Drugs Act」と「ビッグファーマ」陰謀論

こうした状況に対し、米国では「Safeguarding Americans from Fraudulent and Experimental (SAFE) Drugs Act of 2025」が提出されています。この法案は、未試験で未承認、潜在的に危険な大量生産された複合薬から患者を保護することを目的としていますが、インフルエンサーの間では、「大手製薬会社の利益を守るための陰謀だ」という対抗的な物語が拡散されています。

彼らは、法案が「競争を排除しようとしている」と主張し、調剤薬局や研究用ペプチド市場を「ビッグファーマ」から利益を奪い、GLP薬を大衆に提供する「ロビン・フッド」として描いています。これは、多くの人々が抱く医療システムへの不信感を巧みに利用したマーケティング戦略の一環とも言えます。

デジタルヘルス時代の「ワイルドウエスト」

この「GLP-3」騒動は、まさに「ウェルネスのワイルドウエスト」の典型例です。テクノロジーは「民主化」と「破壊」を謳い、医療分野にも大きな影響を与えていますが、そのステークホルダーは極めて高くなります。「ウェルネス」という言葉は、しばしばFDAの規制を回避し、科学的根拠が不十分な製品やサービスが市場に出回る温床となりがちです。

信頼性の低い情報、インフルエンサーマーケティング、そして規制の隙間が、未承認薬の安易な流通を招き、人々の健康を危険にさらしています。The Vergeの記者は、入手した「peptide-R」のラボテストを計画しており、その結果が、デジタルヘルス時代の新たな課題を浮き彫りにすることが期待されます。


元記事: https://www.theverge.com/column/846406/optimizer-wellness-wild-west-glp-3-retatrutide