AI生成コンテンツの台頭と法的課題
AI技術の急速な進化は、人間の顔や声の利用に関する新たな法的フロンティアを切り開いています。2023年に登場したAI生成のドレイク風楽曲「Heart on My Sleeve」は、著作権ではなく肖像権(likeness law)の観点から、AIによる模倣が引き起こす問題の始まりを告げました。
かつては有名人の無許可の広告利用やパロディに対処するための法律であった肖像権は、ディープフェイクの拡散により、その適用範囲が大きく問われています。著作権とは異なり、肖像権に関する連邦法は存在せず、各州の法律がパッチワークのように存在する状況です。しかし、2024年にはテネシー州とカリフォルニア州で、エンターテイナーの無許可レプリカに対する保護を拡大する法案が成立するなど、法整備の動きが見られます。
Soraが浮き彫りにした問題点
先月、OpenAIがリリースしたAI動画生成プラットフォーム「Sora」は、この問題をさらに複雑にしました。Soraは、現実の人物の肖像を捉え、リミックスすることを目的としており、驚くほどリアルなディープフェイクが大量に生成される事態を招いています。
- 歴史上の人物の肖像利用に関する制限が当初は緩く、マーティン・ルーサー・キング・ジュニアの遺族からの苦情を受けて方針転換。
- 存命人物の肖像利用についても、ユーザーが制限を回避して有名人のディープフェイクを作成し、SAG-AFTRA(米国映画俳優組合・テレビおよびラジオ芸術家連盟)からの苦情により、OpenAIはガードレールを強化。
- 許可されたカメオ出演であっても、特に女性の場合、フェティッシュな内容の出力に不快感を示すケースが発生。
OpenAIのCEOサム・アルトマンは、Soraのガードレールが「厳しすぎた」と主張していますが、これらの事例はAI技術の倫理的・法的課題の深さを示しています。
政治利用と社会への影響
AI生成動画は、政治的なプロパガンダや個人攻撃にも利用され始めています。ドナルド・トランプ前大統領の陣営やニューヨーク市長候補のアンドリュー・クオモ氏が、AIによる不適切または人種差別的な描写を含む動画を公開し、物議を醸しました。また、インフルエンサー間の争いにおいても、AI動画が「武器」として使われるケースが増えています。
スカーレット・ヨハンソンなどの有名人が肖像権の無許可利用に対して法的措置を検討するなど、潜在的な訴訟リスクは高まっています。しかし、法的な枠組みが未整備であるため、実際に高額な訴訟に発展するケースはまだ少ないのが現状です。
法整備の現状と「NO FAKES Act」
このような状況を受け、米国では「Nurture Originals, Foster Art, and Keep Entertainment Safe (NO FAKES) Act」という法案が注目されています。この法案は、生者または死者の声や視覚的肖像の「コンピューター生成された、非常にリアルな電子的表現」の利用を管理する全国的な権利を導入しようとするものです。
しかし、NO FAKES Actはオンラインの言論の自由を擁護する団体から「新たな検閲インフラ」として批判されています。パロディや風刺、コメントのための例外規定は含まれているものの、訴訟費用を負担できない人々にとっては「慰めにならない」と警告されています。
プラットフォームの対応と今後の展望
法整備が遅れる中、プラットフォーム側も対応を始めています。YouTubeは、パートナープログラムのクリエイターが自身の肖像の無許可アップロードを検索し、削除を要求できる機能を発表しました。これは、アーティストの歌声やラップ声を模倣したコンテンツの削除を可能にする既存の方針を拡大するものです。
AIが生成するコンテンツと現実を区別することは、依然として可能ですが、多くの人々は注意深く見ないか、偽物であることに無関心であるという問題も指摘されています。特に、歴史的にディープフェイクの圧倒的多数が女性の非合意ポルノ画像であったという事実は、この問題の深刻な側面を示しています。
セキュリティとプライバシーへの示唆
この新たな法的フロンティアは、個人のセキュリティとプライバシーに重大な示唆を与えます。無許可のディープフェイクは、名誉毀損、ハラスメント、そして非合意の性的画像生成といった深刻な脅威となり得ます。技術の進歩に法規制が追いつかない現状は、個人が自身のデジタルアイデンティティを保護することをより困難にしています。
また、プラットフォームがコンテンツ生成を積極的に支援する中で、Section 230(プラットフォームが第三者コンテンツの出版社または発言者として扱われないことを定める法律)がどこまで適用されるのかという点も、今後のセキュリティ議論において重要な焦点となるでしょう。
元記事: https://www.theverge.com/column/805821/the-next-legal-frontier-is-your-face-and-ai
