レッドブル・レーシングの新リーダー、ローラン・メキース
2025年11月11日、ウェブサミットの舞台裏で、オラクル・レッドブル・レーシングのCEOに就任してわずか4ヶ月のローラン・メキース氏が、そのユニークなリーダーシップ哲学を披露しました。彼は、F1における「千分の1秒」の重要性を、単に車の性能だけでなく、チームのワークフローやプロセス全体にまで広げて捉えています。メキース氏は、20年間のチーム史上2人目のリーダーであり、そのエンジニアリングのバックグラウンドが彼の勝利へのアプローチに深く影響しています。
サイバーセキュリティがもたらす競争優位性
メキース氏の哲学は、チームのパートナーシップにも及んでいます。サイバーセキュリティ企業である1Passwordとの提携は、一見するとF1チームとは異質に見えるかもしれません。しかし、メキース氏はこれをレッドブルの競争優位性にとって不可欠な要素と見ています。彼は、「セキュリティは摩擦を生む」という従来の考え方を覆し、「いかにスピードを上げるか」という視点で議論を進めました。
その結果、1Passwordの導入により、チームメンバーが複雑なシステム(空力、車両ダイナミクス、シミュレーター、風洞など)にシームレスにログイン・ログアウトできるようになり、以前よりも速く作業を進められるようになりました。メキース氏は、「我々は、損失を最小限に抑える方法ではなく、スピードを上げる方法について議論した」と語り、この小さな改善がF1では「複合的な優位性」となると強調しています。
エンジニアからCEOへ:メキース氏のキャリアとリーダーシップ
48歳のメキース氏は、F1のほぼすべての側面を経験してきました。フランスとイギリスで工学を学んだ後、F3からキャリアをスタートさせ、アローズ、ミナルディといったF1チームを経て、レッドブルのジュニアチームであるトロ・ロッソ(現レーシング・ブルズ)でチーフエンジニアを務めました。その後、国際自動車連盟(FIA)の安全ディレクターとして、ドライバーの頭部保護システム「ヘイロー」の導入を推進したことでも知られています。
フェラーリでの副レースディレクターを経て、再びレッドブルのジュニアチームに戻り、そして現在のCEO職に就任しました。彼のリーダーシップスタイルは、前任者とは異なり、「人への配慮と会社文化への配慮が重要」と語る謙虚なものです。彼は、チームの勝利は「人々の才能を発揮させるためのリーダーの役割」であり、自身の貢献は「ゼロ」だと述べています。
2025年の挑戦と2026年への「クレイジーな冒険」
メキース氏のリーダーシップの下、レッドブルは2025年シーズン序盤の不振にもかかわらず、2025年車の開発を継続するというリスクの高い決断を下しました。この決断が功を奏し、シーズン後半にはパフォーマンスが劇的に向上しました。彼は、「何がうまくいかなかったのかを徹底的に理解する必要があった」と説明しています。
そして、2026年にはさらに大きな挑戦が待ち受けています。レッドブルはフォードの支援を受けて初の自社製パワーユニットを開発し、90年以上にわたりF1エンジンを製造してきた競合他社と戦うことになります。メキース氏はこれを「クレイジーな冒険」と表現し、「ハイリスク・ハイゲイン」のアプローチで臨むと語っています。
絶え間ない「ラップタイムの追求」
メキース氏は、最終的な目標は常に「ラップタイムを追いかけること」だと強調します。ポイントテーブルや「もしも」のシナリオに目を向けるのではなく、レースごとに集中し、車を最適な状態に保ち、勝利を目指すことがチームの使命です。彼の言葉からは、F1という極限の競争環境において、細部にわたる効率化と革新が、いかに重要な「秘密兵器」となり得るかが伝わってきます。
