半導体産業の新たな中心地アリゾナ:繁栄の陰に潜む環境と労働者の安全リスク

アリゾナに集まる半導体産業:新たな「C」の台頭

かつて「5つのC」(綿花、畜産、柑橘類、銅、気候)で知られたアリゾナ州経済に、新たな「C」として半導体(Chips)が急速に台頭しています。フェニックス大都市圏には、まるで「プロセッサー・パークウェイ」や「トランジスター・テラス」といった名称の道路が整備され、次世代半導体製造施設が続々と建設されています。グレーターフェニックス経済評議会(GPEC)のトーマス・メイナード氏は、この動きを「6番目のC」と呼び、経済の多様化と回復力強化の機会だと捉えています。

過去5年間で、アリゾナ州には2000億ドル以上の半導体投資が集中し、75社以上の半導体企業が進出しました。米国政府のCHIPSおよび科学法による527億ドルの資金援助を受け、台湾積体電路製造(TSMC)は最大66億ドル、Intelは最大78.6億ドルの補助金を得て、最先端チップ製造の中心地となろうとしています。IntelはAI PC向け「Panther Lake」プロセッサーを、TSMCはNvidiaの「Blackwell AI GPU」の製造をフェニックスで開始しました。

雇用の約束と現実の乖離

半導体産業の誘致は、何千もの雇用創出の約束を伴います。アリゾナ州の大学では半導体製造の訓練プログラムが導入され、33,000人以上がこの産業で働いており、2030年までに米国全体で115,000人の雇用増加が見込まれています。しかし、その現実は必ずしも謳い文句通りではありません。

  • レイオフの波: Intelは昨年7月、数万人の従業員を削減すると発表するなど、大量解雇の波が経験されています。
  • H-1Bビザへの依存: 新しい工場が米国人を雇用するかどうかについては懐疑的な声もあります。TSMCの従業員の半数はH-1Bビザで台湾から来ており、過酷な労働条件が指摘されています。
  • 労働条件と安全への懸念: 労働組合関係者によると、TSMCの従業員は12〜16時間以上の勤務を強いられ、不適切な訓練のまま危険な作業に従事させられるケースがあるといいます。安全プロトコルが頻繁に変更されることも問題視されています。
  • 賃金差別訴訟: TSMCは「非アジア系、非台湾国籍」の従業員に対する雇用差別で集団訴訟に直面しています。Intelも2019年にアフリカ系アメリカ人およびヒスパニック系従業員への賃金差別で500万ドルの和解金を支払いました。

半導体製造がもたらす環境と健康への脅威

半導体製造は、環境汚染と労働者の健康リスクという深刻な側面を抱えています。かつてシリコンバレーで半導体産業が隆盛を極めた結果、カリフォルニア州サンタクララ郡には国内最多のスーパーファンドサイト(汚染された重点清掃地域)が残されています。同様に、アリゾナ州でもその歴史は繰り返されつつあります。

  • 過去の汚染: Motorolaの旧半導体施設は、ダウンタウンフェニックスからスカイハーバー空港まで7マイルにわたる汚染の「プルーム(汚染源)」を残しました。このスーパーファンドサイトからは、ベンゼン、ヒ素、クロロホルム、鉛といった既知の発がん性物質が検出されています。
  • 労働者の健康被害: かつての工場労働者は、生殖器系の健康問題や流産リスクの増加と関連する産業溶剤や化学物質に曝露されていました。自動化が進んだ現在も、機器のメンテナンスや化学物質の移送に関わる労働者にリスクがシフトしたとの指摘があります。
  • 産業事故: 2024年5月、TSMCのアリゾナ工場で硫酸廃棄物運搬中にトラック運転手が死亡する事故が発生しました。州規制当局は、皮膚や眼への硫酸曝露のリスクを理由にTSMCに16,131ドルの罰金を科しました。
  • 内部告発: Intelの現役従業員は、コスト削減が自分たちを危険にさらしていると訴え、必要な回数以上に化学物質に曝露されたと述べています。

「永遠の化学物質」PFAS問題

半導体製造において、特に懸念されているのがPFAS(有機フッ素化合物)、通称「永遠の化学物質」の使用です。テフロンなどのPFASは、その耐熱性と耐腐食性から半導体製造のほぼすべての工程で不可欠とされています。

  • 深刻な健康リスク: PFASは分子構造が非常に安定しているため、人体や環境中に長期間残留し、腎臓がんや精巣がん、妊娠中の高血圧、高コレステロールなど、深刻な健康リスクとの関連が指摘されています。
  • 規制強化と業界の反発: 米国環境保護庁(EPA)は、最も一般的な2種類のPFASをスーパーファンド法に基づく有害物質に指定する動きを見せており、汚染企業に浄化費用を負担させる方針です。しかし、米国商工会議所などの業界団体はこれに異議を唱え、半導体産業にとってPFASの制限は「存続の危機」であるとして、規制からの免除を求めています。

業界と行政の対応

TSMCは、アリゾナ州での量産開始に伴う厳しい要求を認識しつつも、労働法を遵守し、従業員の健康と安全を優先する姿勢を示しています。Intelもまた、従業員の安全を最優先事項とし、開かれた環境で従業員のフィードバックを受け入れていると表明しています。アリゾナ州のケイティ・ホッブス知事は、半導体業界への全面的な支援を約束しており、産業の成功に貢献する意向を強調しています。

しかし、経済的な繁栄の追求と同時に、環境保護、労働者の安全、そして地域住民の健康を守るための、より厳格な規制と企業の説明責任が求められています。アリゾナが「アメリカの半導体本部」として真に成功するためには、過去の過ちから学び、これらの「暗い側面」に真摯に向き合うことが不可欠です。


元記事: https://www.theverge.com/features/825207/semiconductor-chip-manufacturing-new-silicon-valley