宇宙開発の倫理的課題:労働者の権利と資源所有を巡る議論
宇宙開発が加速する中、宇宙の未来に関する議論が活発化しています。Amazon創業者ジェフ・ベゾス氏は、数十年以内に数百万人が宇宙に住み、ロボットが宇宙での作業を担うと予測。一方で、宇宙製造スタートアップVarda Space Industriesの創業者ウィル・ブルーイ氏は、15〜20年後には「働く人々」を軌道上に送る方が機械を開発するより安価になるとの予測を立てています。この異なる視点から、ウェスリアン大学の宇宙倫理学者メアリー=ジェーン・ルーベンスタイン教授は、宇宙における労働者の権利、資源の所有、そして環境問題といった倫理的な課題について警鐘を鳴らしています。
過酷な宇宙環境と労働者の脆弱性
ブルーイ氏の予測に対し、ルーベンスタイン教授は、宇宙での労働者の状況に深い懸念を示しています。「労働者は、地球上で給与を支払い、身の安全と保険を確保するだけでも大変です」と教授は指摘。そして「雇用主への依存は、給与や医療だけでなく、食料、水、そして空気といった基本的なアクセスにまで及ぶ宇宙では、劇的に増加します」と強調します。教授は、宇宙を「決して快適な場所ではない」と表現し、ロマンチックなフロンティアとしての見方を否定。宇宙における労働者が、地球上よりもさらに脆弱な立場に置かれる可能性を強く示唆しています。
誰が宇宙の資源を所有するのか?
宇宙開発におけるもう一つの大きな問題は、宇宙資源の所有権です。1967年の宇宙条約は、いかなる国家も天体に対する主権を主張できないと定めていますが、この原則は商業的な動きによって揺らぎ始めています。
転換点となったのは、2015年に米国で制定された「商業宇宙打ち上げ競争力法」です。この法律は、月自体を所有することはできないものの、そこから採掘したものは所有できると規定しました。ルーベンスタイン教授はこれを「家を所有することはできないが、床板や梁は所有できるようなものだ」と批判し、月の資源と月そのものには本質的な違いがないことを強調しました。AstroForge社による小惑星採掘や、Interlune社による月からのヘリウム3抽出といった商業活動は、この法的枠組みを利用しています。
この米国の行動に対し、国際社会は懸念を表明。ロシアは国際法違反と、ベルギーは世界的な経済的不均衡に繋がると指摘しました。これに対し米国は2020年、同盟国との間で「アルテミス合意」を締結し、資源採掘に関する米国の宇宙法解釈を公式化しました。現在60カ国が署名していますが、ロシアと中国は含まれていません。ルーベンスタイン教授は、これは米国がルールを設定し、他国に参加か排除かの選択を迫っている構図だと見ています。
宇宙の未来への提言:環境保護と国際協力
ルーベンスタイン教授は、現在の宇宙開発が「宇宙のガソリンスタンド化」、資源採掘、軌道上での軍事能力確立といった「征服」的なアプローチに偏っていることに深い懸念を抱いています。教授は、SF作品が示す多様な宇宙観、特に「代替社会」や「正義」を追求する思弁小説型のアプローチに注目し、現在の宇宙開発が「見過ごされた機会」であると述べています。
教授は、宇宙の未来に向けた現実的な道として二つの提言を行います。一つは、ロケットの排出ガスや再突入するデブリがオゾン層に与える影響など、宇宙活動における環境規制の強化です。もう一つは、宇宙デブリ問題への対処です。現在、4万個以上の追跡可能な物体が地球を周回しており、「ケスラーシンドローム」(連鎖的な衝突により軌道が使用不能になるシナリオ)のリスクが高まっています。教授は、宇宙デブリ問題は「誰もが嫌がる問題」であり、国家や産業界が共通の利益のもとに協力できる稀な分野だと指摘します。
ルーベンスタイン教授は、こうした課題について議論するため、学者、NASA、産業界の代表者が集まる年次会議を提案しています。しかし、米国議会では、米中宇宙協力を制限するウルフ修正条項を恒久化する法案が提出されるなど、国際協力の道は依然として困難に直面しています。宇宙が誰に継承され、どのように利用されるべきか、その問いは未だ宙に浮いたままです。
