「リトルレッドドット」の謎と過剰に巨大なブラックホール問題
ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡(JWST)が地球に送った初期の高解像度赤外線画像には、いくつかの小さな赤く輝く点、「リトルレッドドット」が映し出されていました。これらは通常の銀河にしては明るすぎ、単純な星団にしては赤すぎ、またその中心には、本来考えられないほど巨大な超大質量ブラックホールが存在しているように見えました。
マンチェスター大学の天文学者であり、今回の研究の筆頭著者であるバディム・ルサコフ氏は、「これらのブラックホールは、銀河全体の質量の10%から100%に匹敵するほど過剰に巨大に見えました。宇宙がわずか10億歳だった初期に、これほど早く成長できたのかという疑問が残りました」と述べています。
X線信号の欠如と奇妙なスペクトル線
しかし、ルサコフ氏らはJWSTのデータに奇妙な点があることに気づきました。通常、超大質量ブラックホールからはX線などの信号が期待されますが、それらが観測されなかったのです。さらに、ブラックホールの質量を測定するために用いられる、周囲を周回するガスから放たれるスペクトル線にも異常が見られました。
ガスが猛烈な速度でブラックホールに引き込まれる際、ドップラー効果によりスペクトル線は広がるはずです。リトルレッドドットのスペクトル線は非常に幅広く見え、それが先の「巨大すぎる」質量推定に繋がりました。しかし、その形状は典型的な釣鐘型ではなく、幅広い翼のような尾部を持つシャープな三角形のように見えたのです。
「トムソン散乱」による解決策:ブラックホールは100倍小さかった?
研究チームは、この奇妙なスペクトル線がガスが高速で移動しているためではなく、霧の中を光が失われているために起こる現象だと仮説を立てました。その霧とは、ブラックホールを囲むイオン化されたガスの高密度な繭(コクーン)です。彼らは、この現象が「トムソン散乱」と呼ばれるプロセスによるものだと報告しています。
ブラックホール近傍のガスから放出された光子(フォトン)が、繭の中の自由電子と衝突することで、その方向とエネルギーが変化します。この衝突が繰り返されることで、本来狭いスペクトル線が幅広く見えるようになり、あたかもガスが高速で動いているかのように錯覚させていたのです。
散乱モデルをリトルレッドドットのデータに適用した結果、ガスの本来の速度は予想よりもはるかに低いことが判明しました。これにより、初期のブラックホールはこれまでの推定より100倍も小さい、太陽質量の1000万〜1億倍程度の「若い」超大質量ブラックホールである可能性が高いと結論付けられました。これは、局所宇宙で観測される銀河とブラックホールの標準的な質量比に非常に近い値です。
スーパーマッシブブラックホールの「繭段階」という新発見
今回の研究は、リトルレッドドットが超大質量ブラックホールの進化におけるこれまで知られていなかった「繭段階」を表している可能性を示唆しています。ルサコフ氏は、「まるで成長途中の蝶が、自身を養うガスに包まれた繭の中にいるようです。超大質量ブラックホールのライフサイクルにこのような繭段階があるとは、これまで誰も予測していませんでした」と語っています。
この繭は非常に厚く、高エネルギーのX線や電波を遮断する宇宙の盾として機能します。これにより、リトルレッドドットが赤外線で非常に明るい一方で、X線望遠鏡ではほとんど見えなかったという、もう一つの謎も解決されます。
今後、JWSTからのさらなる高解像度データによって、全てのリトルレッドドットがこのパターンに従うかどうかが明らかになるでしょう。そして、この知見が、私たち自身の銀河がいかにして形成されたかについての洞察を与えてくれるかもしれません。
