デイビッド・サックス氏による州AI法無効化の試み、政界の反発で頓挫

はじめに:AI政策を巡る攻防

2025年11月、ホワイトハウスで秘密裏に進められていたAI(人工知能)関連の大統領令草案がリークされ、ワシントン政界に大きな波紋を呼びました。この草案は、州が制定するAI関連法を連邦政府が先制的に無効化し、その規制権限を一元化することを目的としていました。その中心人物として浮上したのは、著名なテクノロジー投資家であり、トランプ政権のAI・仮想通貨担当特別顧問を務めるデイビッド・サックス氏です。しかし、この権力集中とも取れる動きは、政治的な強い反発を招き、最終的に大統領令の署名には至りませんでした。

リークされた大統領令草案の衝撃

リークされた大統領令草案は、州のAI法に違反する州を標的とする驚くべき内容を含んでいました。具体的には、

  • 司法省に、違反する州を提訴するための法務部隊を30日以内に設立するよう指示。
  • 商務省には、違反州に対する連邦資金(高速ブロードバンド助成金や、高速道路・教育助成金など)の停止を分析するよう指示。
  • 連邦取引委員会には、州による「イデオロギー的偏見に関する欺瞞的行為」を調査するよう指示。
  • 連邦通信委員会には、連邦AI報告基準を策定するよう指示。

これらすべての実施プロセスにおいて、デイビッド・サックス氏への相談が義務付けられており、草案は彼のAI政策における絶大な影響力を示すものでした。この内容には、多くの法律家や政策立案者が「政治的に実行不可能であり、違法の可能性もある」と指摘しました。

デイビッド・サックス氏の野心と影響力

デイビッド・サックス氏は、テクノロジー業界で最も影響力のあるベンチャーキャピタリストの一人であり、ホワイトハウスでAI・仮想通貨担当特別顧問という要職に就いています。彼はこの大統領令を通じて、自身の立場を米国のAI政策における「門番」にしようと試みていました。ワシントン政界のインサイダーからは、彼がトランプ氏と大手テック企業のCEOたちとの最も近いパイプ役と見なされていました。あるテクノロジー政策顧問は、「彼はアメリカの競争力を維持しようとしているが、より自己中心的に言えば、自分の人々であるテック業界を保護しようとしている」と分析しています。

広がる反発:MAGAと進歩派の異例な連携

大統領令草案がリークされるや否や、政界では即座に強い反発が起こりました。興味深いことに、その反対勢力には、通常は対立するはずのグループが含まれていました。

  • MAGA支持者:草案を「帝政的な命令」と見なし、州の主権への連邦政府の介入に強く反発。特にスティーブ・バノン氏のような強硬派は、デイビッド・サックス氏やマーク・アンドリーセン氏のような「テック界の右派」とは一線を画す姿勢を示しました。
  • 議会の民主党:公然と反発の声を上げました。
  • 行政機関内の反対勢力:バイデン政権からの残留組である「ハイパー規制派」と、現政権内の「テックを信用しない」マグライト派が、サックス氏の権力集中を阻止するための非公式な「反サックス同盟」を結成していたと報じられています。

これらの多様なグループからの圧力は、サックス氏の計画を頓挫させる上で決定的な役割を果たしました。フロリダ州のロン・デサンティス知事やアーカンソー州のサラ・ハッカビー・サンダース知事といった州知事たちも、州独自のAI規制を擁護し、連邦政府による先制的な規制に反対の姿勢を示していました。

無視された主要機関と政策への影響

この草案のもう一つの問題点は、従来のAI政策策定に深く関与してきた多くの主要機関が、完全に排除されていたことでした。例えば、

  • AIリスク管理や標準開発を担う国立標準技術研究所(NIST)
  • 政権のテクノロジー政策を一元化する科学技術政策局(OSTP)
  • 国家安全保障上のインターネット脅威に焦点を当てるサイバーセキュリティ・インフラセキュリティ庁(CISA)
  • AI標準とイノベーションを推進するAI標準・イノベーションセンター(CAISI)

これらの機関が一切言及されていないことは、サックス氏が、既存の広範な専門知識や政府内の調整プロセスを無視し、自身のコントロール下にある少数の機関に権限を集中させようとしていたことを示唆しています。

最終的な結末:計画の頓挫

強い政治的反発と内部の抵抗により、当初金曜日に予定されていた大統領令の署名は見送られました。結局、翌週に署名されたAI関連の大統領令は、州のAI法を先制的に無効化するような内容とは全く異なり、国家研究所がAI開発により深く関与することを促す、より穏健で議論の余地のないものでした。この新しい大統領令の中でデイビッド・サックス氏の名前が言及されたのはわずか一度に過ぎず、彼のAI政策における「門番」となる野望は頓挫した形となりました。

この一件は、テクノロジー業界の有力者が政府の政策に影響を与えようとする試みが、必ずしも成功するとは限らないこと、そして、AI規制のような複雑な問題においては、多様な政治的勢力の思惑が交錯し、予測不能な結果を生むことを浮き彫りにしました。


元記事: https://www.theverge.com/ai-artificial-intelligence/829179/david-sacks-ai-executive-order