IT業界を揺るがす「偽情報との戦い」:検閲論争の行方
偽情報との戦いは「負け戦」と化しているのか。米ワシントンDCで開かれた下院司法委員会のセッションでは、SNSにおける「言論の自由」と「検閲」を巡る激しい論争が展開されました。共和党のジム・ジョーダン委員長は、情報統制に対する「勝利」を宣言する一方、偽情報対策の最前線で活動してきた人々は、その努力が「検閲」として批判され、窮地に立たされています。ITプラットフォーム、政治、メディアが複雑に絡み合うこの問題は、現代社会における情報空間のあり方を根本から問い直しています。
「検閲産業複合体」を巡る攻防の背景
ジョーダン委員長は、かつてドナルド・トランプ元大統領が主要なSNSプラットフォームから排除されたことに触れ、「数年で状況は一変した」と述べました。彼の主張は、ビッグテックがホワイトハウスの指示でアメリカ人を検閲していたというものです。マーク・ザッカーバーグ氏(当時)がこの事実を認める書簡を送付したとされ、ザッカーバーグ氏自身も後に事実確認を行う「ファクトチェック機能」を廃止し、グローバルなモデレーションルールを変更すると約束しました。この動きは、偽情報とラディカル化を警告してきた人々にとっては遅すぎた勝利であり、トランプ氏とその支持者にとっては、リベラル派が保守派の声を検閲しようとしている究極の証拠と映りました。
マット・タイービ氏が暴く「Twitterファイル」の波紋
このセッションの主要な証人の一人に、ジャーナリストのマット・タイービ氏がいました。彼はイーロン・マスク氏によって選ばれ、「Twitterファイル」を通じて、いかに「偽情報」への懸念が保守派や異論を唱える声の検閲に悪用されたかを暴露したと主張しています。タイービ氏らは、ファクトチェック機関や偽情報研究への資金提供を打ち切り、言論の自由を擁護するために政府がより介入すべきだと訴えました。マスク氏、ジョーダン議員、タイービ氏らが連携し、ジョーダン議員の召喚権、タイービ氏らの証言・報道、そしてマスク氏の訴訟という形で、「検閲産業複合体」への攻勢が強められました。
偽情報対策の最前線で直面する困難
しかし、この動きによって苦境に立たされた人々もいます。彼らは、COVID-19パンデミック時の偽情報がワクチン接種や安全な治療法を妨げ、健康被害につながる可能性があったこと、あるいは1月6日の議事堂襲撃事件が示すように、政治的な偽情報が生命にかかわる問題に発展する可能性があると警鐘を鳴らしてきました。彼らは、SNS企業にこれらの問題に真剣に取り組むよう働きかけてきましたが、結果として議会で非難され、メディアで晒され、殺害予告やキャリアの終焉に直面する事態となりました。彼らの目には、言論の自由を守ろうとする自身の努力が、皮肉にも「検閲」として攻撃されているように映っています。
ニーナ・ヤンコビッチ氏と「偽情報ガバナンス委員会」の顛末
その象徴的な事例が、ニーナ・ヤンコビッチ氏のケースです。彼女はかつて、国土安全保障省(DHS)に設置された「偽情報ガバナンス委員会」のエグゼクティブディレクターに指名されました。この委員会は、国家安全保障に関わる偽情報(インフラへの攻撃、選挙介入、移民問題など)に対処するため、省内で連携を図ることを目的としていました。しかし、委員会の名称が発表されるやいなや、保守系メディアから「真実省」(Ministry of Truth)だと批判され、激しいバッシングにさらされました。ヤンコビッチ氏は、DHSからの十分な支援も防御もなく、数週間で辞任に追い込まれ、委員会も実質的に解体されました。彼女は、偽情報対策がリベラルの問題として「コード化」され、超党派の取り組みが不可能になった現状に深い失望を表明しています。
「言論の自由」を巡るIT企業の葛藤
この一連の出来事は、SNS企業が「言論の自由」と「偽情報対策」のバランスをどのように取るべきかという、根深い葛藤を浮き彫りにしています。かつてTwitterは、保守的なユーザーの「シャドウバン」や、ハンター・バイデン氏のラップトップに関するニュース記事へのリンク制限で批判を浴びました。当時は、研究者や情報機関の懸念から、ラップトップの話が偽情報であるという誤った認識が広まっていました。後にラップトップが本物であると判明しましたが、この件は、SNSプラットフォームがどの情報を許容し、どの情報を制限するかという判断の難しさを示しています。
最終的に、この「偽情報との戦い」は、単なる特定の記事やファクトチェックの問題を超え、オンラインでの言論の性質と限界、政府とSNS企業の関わり方、そして「真実とは何か」を巡る世界的な闘いへと発展しています。関係者たちは互いに「検閲産業複合体」の一部であると非難し合い、この戦いの結末は未だ見えません。
元記事: https://www.theverge.com/features/839853/disinformation-wars-censorship-right-wing
