ヨアヒム・トリアー監督、最新作『Sentimental Value』で探求する「場所」と「感情」の技術

ヨアヒム・トリアー監督、最新作『Sentimental Value』で描く「場所」と「感情」の深層

2022年のアカデミー賞で「国際長編映画賞」と「オリジナル脚本賞」にノミネートされた『わたしは最悪。』で世界的な評価を得たノルウェー人監督、ヨアヒム・トリアー。彼の最新作『Sentimental Value』が、今年の映画賞レースの有力候補として注目を集めています。カンヌ国際映画祭でのグランプリ受賞をはじめ、数々の欧州映画賞を獲得した本作は、親子の確執を深く掘り下げた家族ドラマです。トリアー監督は、この作品において、設定やロケーションがキャラクターと同じくらい重要であると語っています。

物語を彩る「場所」の重要性:『オスロ、8月31日』との繋がり

監督は、映画の舞台となる家そのものを「キャラクター」として扱っていると説明します。
「匂いを嗅ぐことができ、感じることができる。それこそが私にとっての映画だ」と述べる監督は、物理的な空間が感情や物語に与える影響の大きさを強調しています。
長年のファンであれば気づくかもしれませんが、この家は彼の「オスロ三部作」の二作目『オスロ、8月31日』の重要なシーンにも登場しています。トリアー監督は、この場所への特別な思い入れを明かし、「100軒もの家を見た後、結局この家に戻ってきた。入って30秒で『これだ』と思った」と語ります。

撮影におけるミザンセーヌ(画面構成)の役割について、監督は次のように述べています。

  • 構図や繰り返し
  • 空間の見せ方
  • ムードや光の当たり方
  • 場所の触覚的な性質の喚起

これら全てが、観客の感情に強く訴えかける要素となると強調しています。「目を閉じて見てほしい。デヴィッド・リンチの映画を考えてみればいい。あれほどムードに満ちた映画はないだろう」と、作品における雰囲気作りの重要性を説いています。

35mmフィルムがもたらす表現:制作プロセスへのこだわり

トリアー監督は、共同脚本家のエスキル・フォクトと共に、脚本執筆中に多くのヒューマンドラマ映画からインスピレーションを受けていることを明かしました。特に、ジョン・カサヴェテス監督の『オープニング・ナイト』をチームに見せたと言います。これは「優れた演技作品であり、創造性と個人の危機に取り組む人物についての映画」であると語っています。

特筆すべきは、彼の作品が現代において珍しく35mmフィルムで撮影されている点です。
監督は「私たちは映画で撮影している。35mmフィルムには美しさがあり、大画面で観ることに意味がある」と述べ、デジタル化が進む現代においても、アナログフィルムが持つ独特の質感や表現力を追求しています。
費用がかかるフィルム撮影で「緩さ」を許容できるのかという問いに対し、「ほとんどの作品は35mmで撮影してきたので、それが自分の本能になっている」と、その哲学を語りました。

監督が語る「俳優」と「物語構造」

俳優の選び方について、トリアー監督は「良い聞き手であり、考える人であること」が最も重要だと語ります。
「彼らを見て、『この人の心の中では何が起こっているのだろう?』と思うこと。それが観客を解釈へと引き込むからだ」と述べ、俳優の内面的な神秘が観客を惹きつけると説明します。
オスロ、8月31日』のキャスティングでレナーテ・レインスヴェのテープを見た際、「すごいエネルギーだ。彼女は誰だ?」と感じたエピソードを披露しました。

物語の進行方法として、トリアー監督は「ポリフォニックな構造」を採用していると説明します。
これは、観客に解釈の余地を残し、物語が常にプロットを押し進めるのではなく、「アルバムの中の、次に聞きたくなるような魅力的な曲」のように、断片的な描写がやがて一つの流れに収斂していく手法です。
物語の途中で「フェード・トゥ・ブラック」を多用する理由についても、「空白を残し、再帰と再構築を促すことで、物語に興味深いエネルギーを生み出す」と語りました。

映画に奥行きを与える「静寂」の力

Sentimental Value』の特徴の一つに、その「静けさ」があります。
劇中には激しい爆発のようなシーンはなく、むしろ「静寂の中へと向かっていく」と監督は表現します。
「人生最大のドラマは、時にその静寂の中で起こる」と語り、叫び声や怒りよりも、人々の間の親密な空間、つまり「静寂」の中にこそ真の感情の深淵があると示唆します。

また、クローズアップの力についても言及しています。
「現実世界で誰かを凝視すれば、それは精神異常か深い恋のどちらかだろう。しかし、映画の中では、私たちは他者の行動、痛み、喜び、全てを非常に親密な空間でじっと見つめることが許される」と述べ、映画が提供する独特な視点を通して、人間の内面に深く迫ることができると語りました。


元記事: https://www.theverge.com/entertainment/830079/sentimental-value-joachim-trier-interview